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津地方裁判所 昭和26年(行)1号 判決

原告 河辺次郎

被告 四日市市農業委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十五年十二月二十六日なした、同被告が別紙目録記載の牧野につき昭和二十四年三月二日決定した買収並びに売渡計画を取消す旨の処分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録記載の土地は、原告が不在地主である訴外村田七右衛門より使用貸借によつて借受け、牧場経営に使用していた牧野であるが、被告委員会(その当時は四日市市農地委員会)はその事実を調査認定のうえ、昭和二十四年三月二日右土地につき買収計画並びに原告を被売渡人とする売渡計画を樹立し、その計画に基き法定の手続を経て右牧野は買収せられて原告に売渡され、原告は昭和二十四年十二月八日その対価を支払つて所有権を取得した。

二、然るに被告委員会は右売渡後二年近くを経た昭和二十五年十二月二十六日に至り、右土地は牧野でなく原野であつて、買収の対象にならないものであるとの理由によつて、右昭和二十四年三月二日の買収並びに売渡計画を取消した。

三、然れども別紙目録記載の土地は明らかに牧野であつて、しかも村田七右衛門経営の厚生牧場の組織が昭和十七、八年頃自然消滅の形となつた後は、原告が村田七右衛門から使用貸借によりこれを借受け、小作経営していたものであるから、被告委員会のなした右買収並びに売渡計画の取消処分は違法である。よつて右取消処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、被告の主張に対し、

(1)  別紙目録記載の土地に対する昭和二十四年三月二日付買収並びに売渡計画に、右土地を原野と表示したことは認めるも、右は被告委員会の書記の誤記であつて、被告委員会としては牧野として買収並びに売渡計画を樹立したものである。

(2)  別紙目録記載の土地につき被告主張のごとく第二回買収売渡計画が樹立せられ、これに基き買収並びに売渡処分がなされたことは認める。

(3)  別紙目録記載の(1)ないし(8)の物件が本件買収並びに売渡計画樹立当時訴外産業設備営団の所有地であつたことは認めるが、原告は右土地が訴外村田七右衛門の所有当時からこれを借受けて小作していたものであつて、右土地が産業設備営団の所有となつてからも同営団の承認を得てその耕作を継続していたものである。

と述べた。

被告訴訟代理人は、本案前の申立として、原告の本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、その理由として、

一、農地又は牧野の買収売渡計画の取消決議は農地委員会の内部の行為であつて行政処分ではないから行政争訟の対象となり得ない。

二、原告は本件土地の小作人でなく、自作農創設特別措置法による土地の買収請求並びに売渡申込の資格を有しない者であるから、本件買収並びに売渡計画の取消決議によつて何等毀損さるべき権利を有しない。従つて原告は本件抗告訴訟につき当事者適格を有しないものである。

よつて原告の本件訴は不適法である。と述べ、

本案に対する答弁として、

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、原告の主張に対し、

被告が原告主張の土地に対し昭和二十四年一月頃買収計画及び原告を買受人とする売渡計画を樹立し、昭和二十四年三月二日右土地につき買収令書及び原告に対する売渡通知書が発せられたこと、並びに原告が同年十二月八日その対価を支払つたこと、被告が昭和二十五年十二月二十六日前記買収並びに売渡計画を取消す旨の決議をなしたことはいずれもこれを認めるも、その余の事実は否認する。特に原告が牧場を経営していたこと、原告がその主張の土地を小作していたこと、原告主張の土地が採草地或は放牧地であることは強く否認する。本件土地のうち六十七番の一の全部及び六十九番の一の約半分は現況宅地であつて、六十九番の一の他の半分は松林である。又六十七番の二は溝敷地である。その他の土地はすべて農地である、と述べ、

本件買収並びに売渡計画の取消が適法である理由として、

一、訴外村田七右衛門は昭和十三年頃、四日市市内各小学校の学童の健康増進のため各学校に牛乳を供給する目的を以つて乳牛飼養並びに搾乳を目的とする厚生園牧場を開設し、別紙目録記載の番号(10)及び(16)の土地に牧夫の住家、牧舎、納屋、牛乳処理場等を建設し、牧夫として原告を雇入れて右事業の経営に当らしめていた。その当時原告は村田七右衛門所有の別紙目録記載の番号(9)及び(11)ないし(15)の農地を耕作して自家の食糧及び乳牛の飼料を得ていた。

二、別紙目録記載の物件中、番号(1)ないし(8)の物件は元、村田七右衛門の所有地であつたが、同人は 戦時中これを訴外浦賀船渠株式会社に売渡し、同会社は更にこれを政府経営の産業設備営団に転売したが、同営団も右土地をそのまま放置しておいたので、終戦と共に原告等右土地附近の者が右営団に無断で右土地を耕作した。

三、かかるところに自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)が施行せられたので、原告は何等買収及び売渡を請求すべき資格がないのにかかわらず、別紙目録記載の土地を産業設備営団及び村田七右衛門から借受け牧野として使用しているものの如く装い、その買収並びに売渡方を被告委員会に申請した。

よつて被告委員会は農地改革を急速に実施することを要請せられており、且つ右土地の所有者である産業設備営団の本部は東京都にあり、村田七右衛門は鎌倉市に居住していたため、これ等について充分調査する暇がなかつたので、原告の申請どおり買収並びに売渡計画を樹立し、これに基き昭和二十四年三月二日、別紙目録記載の物件につき原告主張の如き買収並びに売渡処分がなされた。

四、ところが右買収令書の交付によつて初めて自己所有の土地が買収せられ、原告に売渡されたことを知つた訴外村田七右衛門は、厚生園牧場は自己の経営であり原告は右訴外人の使用人であつて小作人ではないのに、右土地が買収せられて原告に売渡されたことは違法であるとして、被告委員会に再調査の申出をしたので、被告委員会は更に慎重に調査したところ、右訴外人の申出でどおり、原告は、村田七右衛門の所有地については小作人でないこと、又産業設備営団の所有地については不法耕作者であることが判明した。

それのみならず、自創法上原野買収はあり得ないのにかかわらず、右買収並びに売渡計画においては、別紙目録記載の土地を現況原野と認定して買収並びに売渡計画を樹てていること、及び右買収並びに売渡計画に定められた土地の面積と原告が現実に使用していた土地の面積とは相違する点があることが判明した。

よつて被告委員会はここに右買収並びに売渡計画を取消し新たに第二回の買収並びに売渡計画をたて直すことになつたのである。

なお、右買収並びに売渡計画には次の如き違法があつた。

(1)  右買収並びに売渡計画においては、一筆の土地の一部を分筆することなく、又その区域を具体的に確定することなく不特定のまま買収並びに売渡計画を樹てたことの違法があつた。即ち別紙目録記載の番号(1)の五十一番畑は三反一畝六歩であるのに、不特定のままその一部二反八畝八歩につき、同番号(2)の五十二番畑は一反六畝二十四歩であるのに、不特定のままその一部一反四歩につき、同番号(3)の五十五番畑は九畝二十四歩であるのに、不特定のままその一部一畝二十四歩につき、同番号(6)の五十七番の一畑は三反九畝十八歩であるのに、不特定のままその一部一畝二十歩につき、同番号(8)の六十一番畑は四反七畝六歩であるのに、不特定のままその一部一反三畝十二歩につき、同番号(9)の六十四番の一畑は六畝十歩であるのに、不特定のままその一部一畝につき、同番号(10)の六十七番の一畑は一反五歩であるのに、不特定のままその一部三畝二十歩につき、同番号(16)の六十九番の一、畑は一町一反一畝三歩であるのに、不特定のままその一部九反七畝七歩につき、それぞれ買収並びに売渡計画を樹てていたのである。

(2)  別紙目録記載の番号(10)の六十七番の一、畑三畝二十歩は現況宅地であり、同番号(11)の六十七番の二、畑一畝一歩は現況溝であり、同番号(16)の六十九番の一、畑九反七畝七歩は一部宅地で他は松林であるのにこれを「現況原野」として買収並びに売渡計画を樹てていた。

五、以上の如き経過で被告委員会は、第二回買収並びに売渡計画を樹てたのであるが、本来産業設備営団所有の別紙目録記載の(1)ないし(8)の土地については原告は不法耕作者であり、村田七右衛門所有の別紙目録記載の(9)ないし(16)の土地については小作関係がないのであるから、全部これを買収、売渡しないことにするのが至当であつたのであるが、特に原告のために恩恵的に、別紙目録記載の物件中、現況宅地である番号(5)の物件及び一部宅地にして他は松林である番号(16)の物件だけを除き、その余の物件は全部買収して、原告及びその他実際に右土地を耕作している第三者に、その耕作面積に応じて売渡すこととし、別紙目録第二回買収売渡面積及び被売渡人欄記載の如く、村田七右衛門の所有地については昭和二十五年一月頃買収並びに売渡計画を樹立し、これに基き同年三月二日買収並びに売渡処分がなされ、又産業設備営団の所有地については昭和二十六年一月頃買収並びに売渡計画を樹立し、これに基いて同年三月二日買収並びに売渡処分がなされた。

六、然るにその後更に調査の結果、別紙目録記載の番号(10)の物件は現況宅地であり、同番号(11)の物件は現況溝であることが判明したので、被告委員会は昭和三十年五月四日再び右二筆の物件につき買収並びに売渡計画を取消した。

七、以上の如き事情であるから、被告委員会が別紙目録記載の土地につき樹立した第一回買収並びに売渡計画を取消したことは何等違法でないのみならず、仮りに右取消処分を更に取消して第一回買収並びに売渡処分当時に復元するとすれば、第二回売渡処分によつて農地を買受けた第三者の既得権を侵害し、法律秩序を破壊し拾収すべからざる混乱状態に陥る虞れがある。よつて原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

当事者双方の立証並びに認否〈省略〉

理由

第一、被告の本案前の主張について。

一、農地委員会が樹立する農地、牧野等の買収並びに売渡計画及びその取消処分は、直接被買収者、被売渡人に対し法律効果を生ずる行為でないことは勿論であるが、自創法第七条、第十九条は買収及び売渡計画に対して異議の申立及び訴願を認めているから、これについては特に独立して出訴の対象とすることを許すことが法の趣旨に合致するものと解すべきであり(大阪地裁昭和二九、四、一六、判決、行政事件裁判例集第五巻四号七五〇頁参照)、従つて右買収並びに売渡計画の取消処分についても前同様の趣旨により不服の訴を許すべきものと解する。

二、原告は本件第一回買収並びに売渡処分により別紙目録記載の土地につき売渡処分を受けた者である。従つてその売渡計画が取消されることによつて不利益を受けることは当然であるから、右売渡計画の取消処分に対し不服の訴を提起し得る当事者適格を有するものというべきである。

第二、原告の本案請求について。

被告委員会が昭和二十四年、別紙目録記載の土地につき買収並びに売渡計画を樹立し、これに基き三重県知事より買収並びに原告に対する売渡処分がなされたことは本件当事者間に争いのないところであり、証人豊田正高(第一回)の証言及び成立に争いのない甲第一号証によれば、右買収令書及び売渡通知書が発行されたのは昭和二十四年三月二日で、被告委員会が右買収並びに売渡計画を樹立したのはその以前であることが認められる。

而して被告委員会が右買収並びに売渡計画を昭和二十五年十二月二十六日取消したことも本件当事者間に争いのないところである。(尤も被告委員会は別紙目録記載の土地の一部につき昭和二十五年初頃第二回の買収並びに売渡計画を樹立しているから、この時に第一回買収並びに売渡計画の一部取消があつたとも解せられないこともないが、この点は当事者間に争いとなつていないから敢えて問わないことにする)。

よつて右買収並びに売渡計画の取消が適法なりや否やについて案ずるに、

一、成立に争いのない甲第一号証によれば、被告委員会は別紙目録記載の土地を現況原野として買収並びに売渡計画を樹立したことが認められるが、証人館藤一、同館宗三郎、同位田忠之、同高橋清一の各証言を総合すれば、被告委員会が右買収並びに売渡計画を樹立する時には本件土地を牧野として買収並びに売渡する意思であつたことが認められるから、右甲第一号証に「原野」と表示したのは明らかに「牧野」の誤記であると解せられる。かように明白な表示上の誤びゆうは買収並びに売渡計画自体を無効ならしめるものではないと解すべきである。従つて被告委員会が、右表示上の誤びゆうを理由として、右買収並びに売渡計画を取消したことは違法であるというべきである。

二、当裁判所の第一、二回検証の結果によれば、別紙目録記載の物件中、番号(10)の六十七番の一、畑三畝二十歩、及び番号(16)の六十九番の一、畑九反七畝七歩の一部は現況宅地であること、そして番号(11)の六十七番の二畑一畝一歩は現況溝敷であることが、それぞれ認められる。然らばかかる宅地或は溝敷に対し牧野として買収並びに売渡計画を樹てたことは違法であり、この瑕疵は明白且つ重大であるから、右買収並びに売渡計画は右土地に関する限り当然無効であるといわなければならない。従つて被告委員会が右土地に対する買収並びに売渡計画を取消したことは結局において適法であつたというべきである。

なお被告は別紙目録記載の番号(16)の六十九番の一畑九反七畝七歩の約半分は松林であつて自創法上小作地として買収並びに売渡の客体とならないものであると主張するが、当裁判所第一、二回検証の結果によれば、右土地のうち現況宅地以外の部分は、現在一部松林の形態にはなつているけれども、土地の位置、地形、及び原告が現在乳牛の放牧に使用している事実等から見て現況牧野であると認められる。(最高裁判所、昭和二六、九、四、判決集五巻一〇号五三九頁参照)

三、本件買収並びに売渡計画樹立当時、別紙目録記載の(1)ないし(8)の土地が訴外産業設備営団の所有にして、同目録記載の(9)ないし(16)の物件が訴外村田七右衛門の所有であつたこと及び右(1)ないし(8)の物件も元、村田七右衛門の所有であつたことは本件当事者間に争いのないところであり、右産業設備営団及び村田七右衛門が昭和二十四年当時不在地主であつたことは、弁論の全趣旨によつて明らかである。

よつて原告が昭和二十四年頃別紙目録記載の土地につき小作権を有していたか否かについて案ずるに、証人村田七右衛門、同伊藤幸太郎、同鹿島保、同清水伝衛、同河辺久枝の各証言及び原告本人尋問の結果(第一回)を総合すれば、訴外村田七右衛門は昭和十三年頃別紙目録記載の土地を利用して厚生園牧場の経営を開始し、財団法人類似の組織を以つてこれを運営することとし、その事業担当者として原告を雇入れ原告をしてその事業を経営せしめていたこと、原告は初め村田七右衛門から給料の支給を受けていたが、暫くしてから後は牧場の収益を以つて自己の給料に充てていたこと、村田七右衛門は鎌倉市に居住していたため、右牧場の経営は専ら原告が独断でこれを運営していたこと、昭和二十六年十二月三十一日までは右厚生園牧場における牛乳処理営業の名義人は村田七右衛門であつたこと、等が認められるが、被告委員会が別紙目録記載の土地につき買収並びに売渡計画を樹立した昭和二十四年初め頃までの間に、村田七右衛門が右厚生園牧場の営業を原告に譲渡したこと、或は別紙目録記載の土地を原告に賃貸若しくは使用貸した事実はこれを認めるに足る証拠がない。尤も証人河辺久枝及び原告本人は、昭和十七、八年頃村田七右衛門が「厚生園牧場の経営については援助できないからお前達が思うようにやつてくれ」と原告に申向けたと供述するが、仮りにそのような事実があつたとしても、これによつて村田七右衛門が厚生園牧場の営業を原告に無償譲渡し別紙目録記載の土地を原告に無償で貸与したものと解することは困難である。寧ろ、右村田七右衛門の言は、厚生園牧場の経営によつて欠損が生じても、村田七右衛門においてその欠損を補填してやることはできないから、原告において適宜処理するよう申向けたものと解するのが相当である。そして証人河辺久枝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和十七、八年頃以降は原告が自己の計算において厚生園牧場を経営していたことが認められるのであるけれども、これを法律的に見れば、原告が村田七右衛門より自己の計算において厚生園牧場を経営することを委されていたというに止まり、厚生園牧場の営業が村田七右衛門より原告に移転したと解することはできない。然らば厚生園牧場の営業権者は依然として村田七右衛門であり、原告は村田七右衛門の雇人たる地位にあつたものと解すべきである。従つて右牧場の経営上使用する別紙目録記載の土地についても原告は小作人ではなく、ただ村田七右衛門の雇人としてこれを使用していたに止まると解するを相当とする。

然るところ、別紙目録記載の土地のうち番号(1)ないし(8)の物件は戦時中、村田七右衛門より訴外浦賀船渠株式会社に譲渡せられ、更に同会社より訴外産業設備営団に譲渡せられたのであるから(この点については原告が本件口頭弁論において明らかに争わないところであるから、原告においてこれを自白したものと看做す)、ここに右土地に対する村田七右衛門の使用権は消滅し、従つて原告もこれを使用する権利を失つたものというべきである。原告は右土地が産業設備営団の所有となつた後、同営団から右土地を耕作することの承認を得たと主張するが、これを認めるに足る証拠がない。

然らば、被告委員会が別紙目録記載の土地を原告の小作地として買収並びに売渡計画を樹立したものとすればそれは違法であるといわなければならない。

然し、前記諸般の事情を総合すれば別紙目録記載の番号(9)、(12)ないし(15)の土地及び(16)の土地のうち現況牧野である部分については、自創法第三条第五項第二号所定の仮装自作地と解せられるから、若し被告委員会がこれを仮装自作地として買収並びに売渡計画を樹立したものであるとすれば、それは適法であるといわなければならない。

そこで、別紙目録記載の土地(但し現況宅地及び溝の部分を除く)に対する買収並びに売渡計画を取消したことの適否にいつて案ずるに、先ず産業設備営団の所有地については、原告が昭和二十四年頃別紙目録記載の番号(1)ないし(8)の土地の全部若しくは一部を牧野として使用していたことは本件当事者間に争いのないところであるけれども前記の理由により原告は権限なくしてこれを使用していたものというべきであるから、不法占有者であるというべく、従つて被告委員会が右買収並びに売渡計画が違法であるとしてこれを取消したことは適法であるというべきである。勿論農地の買収並びに売渡計画が一旦成立し、これに基き知事の買収並びに売渡処分がなされ、被売渡人が権利を取得した後においては、自創法の立法趣旨に鑑み、右売渡を受けた者の既得権を侵害してもなおこれを取消さなければならぬ程の公益上の必要があるのでなければ、右買収並びに売渡計画を取消すべきではないけれども、自創法は他人の所有地の不法耕作者にまでその土地を与えて自作農にする趣旨でないことは明らかであるから、自創法の立法趣旨から云つて、又他人に自己の所有地を不法に耕作されている地主の保護の面から云つて、本件の如き場合には原告の既得権を侵害してもなお右買収並びに売渡計画を取消すべき公益上の理由があるものというべきである。従つて産業設備営団の所有地については右買収並びに売渡計画の取消処分は適法であるというべきである。

然し、村田七右衛門の所有地については前記の如く自創法第三条第五項第二号により仮装自作地としてこれを買収並びに売渡することが可能なのであるから、これに対する買収並びに売渡計画を単に小作関係がなかつたという理由によつて被告委員会自ら、自発的に取消すことは違法であるというべきである。蓋し、行政処分の違法行為の転換が許されるや否やについては従来より議論の存するところであり、下級審判例並びに最高裁判所昭和二八、一二、二八判決(集七巻一三号一六九六頁)はこれを否定していたが、最高裁判所昭和二九、二、一九判決(集八巻二号五三七頁)同昭和二九、七、一九判決(集八巻七号一三八七頁)はこれを肯定するに至つた。よつて被告委員会が村田七右衛門の所有地に対し、小作地として買収並びに売渡計画を樹てたとしても、これを仮装自作地としての買収並びに売渡計画に転換することは可能なわけである。斯様な場合に被告委員会が自発的に(村田七右衛門の再調査の請求は自創法第七条所定の正式の異議申立ではない)右買収並びに売渡計画を取消すことは、原告の既得権を侵害してまでも、右計画を取消さなければならない公益上の理由が認められない本件においては(かかる公益上の必要があることを認めるに足る証拠はない)、違法であるといわなければならないからである。

四、なお、被告は、本件買収並びに売渡計画は、原告が実際に使用している土地と面積の点において相違する点があつたから、右計画を取消したと主張するが、仮りにそのような事実があつたとしても、前記説明のごとく、一旦農地の買収並びに売渡処分がなされた以上、これを取消すについては、それに相当する公益上の理由がなければならないと解すべきところ、右買収並びに売渡計画に定められた土地の面積と、原告が現実に使用していた土地の面積とが相違していたために、右計画を取消さなければ公益に反すると解せられる理由があることを認めるに足る証拠はない。然らば被告委員会が右計画に定めた土地の面積と原告が現実に使用していた土地の面積とが相違することを理由にして、右計画を取消したことは違法であるというべきである。

五、被告主張の、買収並びに売渡物件が不特定であつたとの点について案ずるに、成立に争いのない甲第一号証によれば、別紙目録記載の番号(1)の五十一番畑については三反一畝六歩のうち二反八畝八歩を、同番号(2)の五十二番畑については一反六畝二十四歩のうち一反四歩を、同番号(3)の五十五番畑については九畝二十四歩のうち一畝二十四歩を、同番号(6)の五十七番の一畑については三反九畝十八歩のうち一畝二十歩を、同番号(8)の六十一番畑については四反七畝六歩のうち一反三畝十二歩を、同番号(9)の六十四番の一畑については六畝十歩のうち一畝を、同番号(10)の六十七番の一畑については一反歩のうち三畝二十歩を、同番号(16)の六十九番の一畑については一町一反一畝三歩のうち九反七畝七歩を、それぞれ買収並びに売渡す旨の計画が樹てられたことが認められるが、右一筆の土地の一部に対する買収並びに売渡計画において、その目的物件を特定するに足る図面その他の資料が、右計画書に表示されていないことは、右甲第一号証によつて明らかである。然らば右買収並びに売渡計画においては目的物件が不特定であるというべく、従つてかかる買収並びに売渡計画は違法であり、且つ、その瑕疵は明白且つ重大であるというべきであるから、右買収並びに売渡計画は当然無効であるといわなければならない。(最高裁判所昭和二六、三、八、判決集五巻四号一五一頁)。従つて被告委員会が右物件に対する買収並びに売渡計画を取消したことは結局において適法であつたというべきである。

以上の理由により、結局本件買収並びに売渡計画の取消処分はその取消理由の如何により、全部が違法となり、或は一部適法、一部違法ということになる。即ち前記一及び四の取消理由によるときは取消処分全部が違法となり、前記二の理由によるときは別紙目録番号(10)(11)の土地及び番号(16)の土地のうち現況宅地の部分に対する取消処分が適法となり、前記三の理由によるときは同番号(1)ないし(8)の物件に対する取消処分が適法にして、(9)ないし(16)の物件(但し現況宅地及び溝の部分を除く)に対する取消処分は違法ということになる。又前記五の理由によるときは別紙目録記載の番号(1)、(2)、(3)、(6)、(8)、(9)、(10)、(16)の各物件に対する取消処分が適法となる。

かように数個の取消理由によつて買収並びに売渡計画を取消した場合、或は事後の審査において結局取消しが適法であつたと認められる事由が存する場合には、これ等の取消理由の中に一個でも適法な理由があるか、若しくは事後の審査において取消が適法であつたと認められる事由が存在する以上、結局その取消処分は適法であつたと解するのが相当である。

然らば別紙目録記載の物件中、番号(1)ないし(11)及び(16)の土地に対する買収並びに売渡計画の取消処分は適法であつたというべきであるから、右取消処分が違法であることを理由とする原告の本訴請求は、右物件に関しては失当としてこれを棄却すべきものとする。

次に右取消処分が違法である別紙目録記載の番号(12)ないし(15)の物件について、原告の本訴請求の当否を判断する。

先ず別紙目録記載の番号(13)ないし(15)の物件について案ずるに原告が右物件につき昭和二十五年三月二日、別紙目録第二回買収売渡面積及び被売渡人欄記載の如く、第二回の売渡処分を受けたことは本件当事者間に争いのないところであるから、原告は第二回売渡処分により第一回売渡処分と同一の、若しくはそれ以上の土地の売渡を受けているわけである。従つて今更第一回買収並びに売渡計画の取消処分の取消を求め、これを第一回売渡処分当時の状態に復旧する実益は何等存在しないものというべきである。よつて右物件に関しては原告に権利保護の利益なきものと認め、右物件に関する原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとする。

次に別紙目録記載の番号(12)の物件について案ずるに、右物件についても、原告が昭和二十五年三月二日第二回売渡処分により、別紙目録第二回買収売渡面積及び被売渡人欄記載の如く売渡を受けたこと、しかして第二回売渡処分においては原告が第一回売渡処分によつて買受けた土地の一部が第三者に売渡されたことは、いずれも本件当事者間に争いのないところである。従つて今若し、第一回買収並びに売渡計画の取消処分を取消すときは、第一回買収並びに売渡処分が効力を回復することとなるため、第二回の買収並びに売渡処分が取消されることとなりその結果、第二回売渡処分によつて農地を買受けた第三者はその権利を失うこととなる。かくの如きは、農地の売渡処分を受けて以来七年間の長きに亘り平穏、公然、善意、無過失に自己の所有地として耕作して来た第三者に不測の損害を与えることとなり到底妥当な処置と認めることはできない。

よつて右物件に対する第一回の買収並びに売渡計画の取消処分を取消すことは、第三者の既得権を侵害し、法律秩序を破壊することになるから、右物件に対する買収並びに売渡計画の取消処分は違法であるが、これを取消すことが公共の福祉に適合しないものと認め、行政事件訴訟特例法第十一条第一項により右物件に関する原告の本訴請求はこれを棄却すべきものとする。

以上の理由により原告の本訴請求はすべて失当或は行政事件訴訟特例法第十一条第一項により、これを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用したうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 西川豊長 喜多佐久次)

(別紙省略)

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